1.なぜ欧州の環境法規制が注目されるのか?
世界を動かす“ブリュッセル効果”とは?
ブリュッセル効果※とは、EUが制定する厳格な規制が域外企業にも波及し、事実上の国際標準となる現象です。背景には、EU市場の巨大さと消費者の高い環境意識があります。企業はEU基準に適合しなければ市場参入や欧州市場での事業継続が困難になるため、製品やサービスを欧州基準に合わせざるを得ません。EU市場向けと他市場向けの製品・サービスを分けることはコスト増につながるため、結果として、EUの厳しい基準に合わせた製品が他市場でも展開されるようになり、基準の国際標準化が進みます。
代表例はREACH規則で、化学物質の登録・評価・認可を義務付けるこの制度は、欧州外のメーカーにも広く影響しました。近年では、デジタル製品のエコデザイン指令なども同様の効果を示しており、EUの政策は単なる地域ルールを超え、世界を動かす力を持っています。
※ EUの主要な政策決定機関がブリュッセルに集中していることに由来。
ブリュッセルには欧州委員会、欧州理事会の主要機能、多数のEU関連機関・ロビイング拠点が集積し、EUの中心地となっています。
日本企業も無関係ではない欧州の環境法規制
EUの規制は、単なる地域ルールにとどまらず、世界の企業戦略を左右する存在です。企業は、EU基準に適合しなければ市場参入が困難になるだけでなく、グローバルなブランド価値や取引機会を失うリスクを抱えます。そのため、製品設計や原材料調達、サプライチェーン全体にわたり、EU規制を前提とした対応が求められています。
また、欧州の規制は世界標準化する傾向が強く、米国やアジア市場でも同様の要件が導入される可能性があります。対応を怠れば、製品設計や調達戦略の柔軟性を失い、競争力低下につながります。実際、現在ではPPWR(包装・包装廃棄物規則)やELV規則改定等の欧州環境法規制が同様の波及効果を生みつつあります。
EU環境法規制への理解と準備は、日本企業にとって“輸出条件”ではなく、グローバル事業を維持するための必須要件となりつつあります。
2.欧州環境法規制の全体像
環境政策の起点となる「欧州グリーンディール」(2019年)
欧州の環境政策は、気候変動対策を軸に「欧州グリーンディール」(2019年)で大きな転換点を迎えました。「欧州グリーンディール」は、2050年までにカーボンニュートラル達成を目標とした包括戦略で、エネルギー、輸送、産業、農業、資源循環など、EUの経済全体を対象としています。持続可能な成長を軸に、環境・経済・社会の統合的な変革を目指し、資源効率の向上や廃棄物削減を重視しています。
カーボンニュートラル、資源循環に関する欧州の環境法規制
カーボンニュートラル実現に向けた政策、規則
欧州気候法(2021年)
欧州グリーンディールの目標に法的拘束力を持たせたのが“欧州気候法”で、主に次の目標を定めています。
①2050年までの「気候中立(climate neutrality)」の法制化
EU全体で2050年までにGHG排出を実質ゼロ(ネットゼロ)にすることを法的に義務化。
②2030年の中間目標:1990年比でGHGを少なくとも55%削減
③2040年目標の設定義務
④EU政策全体の整合性確保
すべてのEU政策が「気候中立」目標に整合するよう促す。
REDⅢ(改正再生可能エネルギー指令)(2023年)とEU ETS(欧州連合排出量取引制度)改正(2023年改正)
欧州気候法(2021)の目標達成に向け、再生可能エネルギー(再エネ)をEU域内でより広範かつ加速的に導入するために設計されたのがREDⅢです。2030年までに「最終エネルギー消費に占める再生可能エネルギーの割合を少なくとも 42.5%」に引き上げることを義務付けています。
また、EU ETS※(欧州連合排出量取引制度)改正は、欧州気候法の削減義務を実現するため、従来の制度を抜本的に強化と拡大させたものです。2030年までに ETS 部門の排出量を 2005年比で約62%削減する新目標を設定するとともに、従来対象としていた発電・産業分野に加え、海運や建築分野向けに新たな排出量制度を創設することとし、対象を拡大しています。
RED III が「供給側(エネルギーを再エネにする)」を強化するのに対し、EU ETS 改正は「排出する側にコストを課す」ことで圧力をかけ、両輪で脱炭素を促す設計となっていて、互いに補完しあって欧州気候法が掲げる 2030年/2050年 の目標を現実化するための制度基盤を構成しています。
※ European Union Emissions Trading System
資源循環推進に向けた政策、規則
循環型経済行動計画(2020年)
欧州グリーンディールの目標を実現するための実務的な柱の一つとして、資源循環分野を具体化する政策パッケージ/実行計画として策定されたのが「循環型経済行動計画」です。資源の効率的な利用、廃棄物の削減、リサイクルの促進の方向性を示すとともに、資源消費が多く環境負荷が大きい産業(「電気・電子・情報通信」、「バッテリー・自動車」、「容器包装」、「プラスチック」、「繊維・衣料」、「建設資材」など)が重点分野として設定されました。
PPWR・ELV規則
循環型経済行動計画では、製品ライフサイクル全体で資源効率を高めるための重点分野が設定され、個別規則に具体化されています。包装材についてはPPWR※1(包装及び包装廃棄物規則)が、自動車についてはELV規則※2(廃自動車規則)への改定が進められています。
※1 Packaging and Packaging Waste Regulation ※2 Regulation on End of Life Vehicle
| 政策/法規則 |
位置付け |
| 欧州グリーンディール |
気候中立・資源循環を含む”包括目標” |
| 循環型経済行動計画 |
資源循環分野を具体化する”実行計画” |
| PPWR、ELV規則改定 |
加盟国すべてに直接適用され、拘束力をもつ”個別規則” |
【参考】政策の進化と法規制の位置付け
欧州の環境政策は、従来の「指令」中心から「規則」への移行が進んでいます。指令は加盟国ごとに国内法化が必要でしたが、規則はEU域内で直接適用されるため、統一性と実効性が高まります。この変化は、循環型経済を実現するための強力な手段として位置づけられ、企業に対してもより明確な義務を課す仕組みを提供しています。こうした政策の進化は、製品設計や素材選定にまで影響を及ぼし、環境対応を企業戦略の中核に据えることを求めています。
3.日本企業に求められる対応
EUの環境法規制は、素材調達から製品設計、サプライチェーン管理まで一貫した環境対応を求めています。さらにこれらの規制はEU域内で影響を及ぼすだけでなくEU域外への波及や国際標準化が進む可能性も高く、日本企業もいずれ構造転換や法規則対応が不可避になると見込まれます。
LCA に基づく環境情報を正確に把握・開示できる体制づくりには、工程ごとの排出量データや使用素材のトレーサビリティ強化が欠かせません。また、PPWRやELV規則改定などを背景に再生プラスチックの利用拡大や、バイオ由来材への置換要求が高まるため、原料選定、品質管理、コスト最適化を含む調達戦略の再構築が求められるようになります。
日本企業の将来的な競争力維持に直結する内容となりますので、規制を先取りした環境価値の創出は、新たな市場機会を自ら掴み取るための重要テーマになっていくでしょう。